大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)23号 判決 1984年9月06日

京都市中京区壬生御所ノ内町45番地1

原告

田中康夫

訴訟代理人弁護士

安田健介

京都市中京区柳馬場二条下ル

被告

中京税務署長 人西操

指定代理人検事

田中治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は,原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告が,昭和53年12月13日付で原告に対してした原告の昭和52年分所得税の再更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(昭和53年11月28日付,ただし異議決定によって一部取り消された後のもの)を取り消す。

被告が,昭和54年9月14日付で原告に対してした原告の昭和53年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  本件請求の原因事実

(一)  原告は,昭和52年分及び昭和53年分の所得税の確定申告をしたが,その内容とその後の課税の経緯は,別表1,2各記載のとおりである。

原告は,昭和52年分及び昭和53年分中に,小豆,生糸の先物取引をしたが,その明細は,別表3記載のとおりである。

そこで,原告は,昭和52年分の取得税の確定申告で,昭和52年分の小豆先物取引によって生じた所得4,178万2,180円から昭和51年分に純損失の金額が生じたものとしてその金額に相当する2,732万3,800円を繰越控除し,1,445万8,380円を事業所得金額として計上した。

原告は,昭和53年分の所得税の確定申告で,昭和53年分の小豆,生糸の先物取引によって生じた損失1,440万7,400円が事業所得の金額の計算上生じた損失であるとして,同額を,昭和53年分の不動産所得の金額,配当所得の金額及び給与所得の金額から控除し,△536万7,699円として計上した。

(二)  被告が,昭和53年12月13日付で原告に対してした再更正処分(以下昭和52年分の処分という)及び過少申告加算税賦課決定処分(昭和53年11月28日付,ただし異議決定によって一部取り消された後のもの・以下昭和52年分の賦課処分という),昭和54年9月14日付原告に対してした更正処分(以下昭和53年分の処分という)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下昭和53年分の賦課処分という)には,申告どおり原告に事業所得の計算上生じた損失が発生しているにもかかわらずこれを否定し,総所得金額を算出するに当たって所得税法(以下法という)69条1項に従って右損失と他の所得の金額とを損益通算しなかった点に違法性がある。

(三)  結論

原告は,被告に対し,昭和52年分の処分と昭和52年分の賦課処分,昭和53年分の処分と昭和53年分の賦課処分をいずれも取り消すよう求める。

二  被告の答弁

(一)  本件請求の原因事実中(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の主張を争う。

三  被告の主張

(一)  原告が,昭和52年分の確定申告で,昭和51年分の商品取引の損失2,372万3,800円(2,732万3,800円とするのは原告の誤り)を繰越控除の対象としているが,これは,雑所得の金額の計算上生じたものである。

(二)  ところで,法70条1項にいう純損失とは,「法69条1項(損益通算)に規定する損失の金額のうち同条の規定を適用してもなお控除しきれない部分の金額をいう」(法2条1頃25号)。また法69条1項の規定によると,いわゆる損益通算が認められる損失は,「不動産所得の金額,事業所得の金額,山林所得の金額または譲渡所得の金額の計算上生じたもの」である。そして,昭和51年分の商品取引によって生じた損失は,不動産所得,山林所得,譲渡所得のいずれの所得の金額の計算上生じた損失にも該当しない。

(三)  そうすると,原告の主張する損失が,事業所得の金額の計算上生じた損失といえるかどうかが,次の問題になる。

法27条1項は,「事業所得とは,農業,漁業,製造業,卸売業,小売業,サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く)をいう」と規定し,法施行令63条12号は,「前各号に掲げるもののほか,対価を得て継続的に行う事業」から生じた所得を事業所得に該当するとした。

(四)  原告は,商品取引を行うに当たり,そのための事業所を設置しているものでもなく,そのために特別の従業員を雇用しているわけでもない。また,原告は,専ら訴外京都木平林産企業組合(以下組合という)の代表理事としての職務に従事するかたわら,取引委託先の外務員を通じて本件取引を行っているにすぎない。

また,原告の商品取引は,純粋の差金決済を目的とした商品の先物取引であって,当該商品の先行相場の騰落を予想して,商品取引業者に委託して商品先物の売買を行い,最終決済日までに反対売買をして相場の変動による差益又は差損の決済をするという極めて投機性が強い取引であって,継続的に相当程度安定した収益が得られる可能性は極めて少ない。

したがって,原告の商品取引は,法上の「事業」に該当するものではなく,その金額の計算上生じた損失は,事業所得の金額の計算上生じた損失に該当せず,法35条1項にいう雑所得の金額の計算上生じた損失となるとしなければならない。

(五)  そこで,被告は,原告が昭和52年分にした商品取引を,雑所得として,次の計算をした。

別表3の1の売買損益を計算し,必要経費65万0,820円(原告の申告額)を控除すると,4,193万7,380円になる(別表2の1の被告主張額欄参照)。

54,765,200-12,177,000-650,820=41,937,380

次に,被告は,原告が昭和53年分にした商品取引を,雑所得として計算すると,△1,456万2,600円になる。

△14,490,600-132,000+204,000(原告が申告した必要経費額)=△14,562,600

そこで,被告は,原告主張の昭和53年分の事業所得金額を0とし,雑所得を0として原告の所得を計算した(別表2の2の被告主張額欄参照)。

(六)  まとめ

原告の昭和52年分,昭和53年分にした商品取引によって生じた利益又は損失は,いずれも雑所得の金額の計算上生じた取得又は損失である。したがって,純損失の繰越控除及び損益通算を否認した昭和52年分の処分,昭和53年分の処分及びこれらに対応する賦課処分は,いずれも適法である。

四  原告の反論

(一)  原告は,主たる業務である組合(実質的には原告の個人企業)代表理事として,木材業を営んでおり,そのための事務所を有しており,その事務所を利用すれば足りるものであるから,商品取引のためだけの事務所は必要がない。したがって,事務所を設置していないことは,事業性認定の材料にはならない。組織体を有しないことも,原告の行う程度の規模の商品取引では必要がないし,原告は,個人で行える程度の規模の商品取引を行っているのであるから,組織体のないことも事業性認定の材料にはならない。原告は,木材業が本業であり,本業の経営の安定のために商品取引を行っているのであるから,本業でないことも,事業性否定の材料にはならない。

(二)  事業性認定のためは,継続的に相当程度安定した収益が得られる可能性のあることが必要であるか,という点であるが,原告は,商品取引そのものによる利益を追求しているものではないから,本業の経営の安定という面から主観的客観的に相当程度安定した貢献がなされたといえるかどうかによる。この見地からは,原告の商品取引は,木材業の経営の安定のため十分役立っているものであるから,事業性肯定の一材料になるのである。

もっとも,商品取引を,もっぱら利益を得る目的で行う場合には投機性が強く,安定収入が得られるとはいえない。しかし,原告の商品取引は,投機を目的として行うものではなく,木材業の経営の安定のため商品取引の投機面とはちがうもう一つの面である保険作用の利用にあるのであるから,商品取引の危険な側面を云々すべきではない。原告と組合とは,実質的に一体のものである。なるほど法的人格は別個のものであることは明らかであるが,経済的,実質的には一体のものである。

原告の本業が木材業であり,商品取引の対象商品が小豆や生糸であることの関連性についてであるが,商品取引上,木材が品目にないため,木材の代替商品として小豆と生糸を選んだのである。そして,関連性が肯定される根拠はあれこれ考え得るが,商品取引により現実に相当程度本業たる木材業の経営の安定に役だっていることが重要である。

(三)  その他,原告には,商品取引につき青色申告承認申請をしていること,取引所により継続会員との取扱いを受けているという補助的事実がある。

(四)  以上により,原告の商品取引は,事業としてなしたものと認定されるべきである。

五  被告の反駁

(一)  原告の昭和53年分の商品取引は,売買数量100枚のうち83枚が前年の売りの清算であり,新たな売買は,僅か17枚にすぎない。この点からしても,原告の商品取引には,事業と認定するだけの継続性がない。

(二)  法27条1項,法施行令63条にいう「事業」は,営利を目的としなければならないところ,原告は,その商品取引が利益を追求しようとするものでないことを自認している。

(三)  原告は,その商品取引が,組合の経営安定のための保険作用の利用にあると主張しているが,そのような事実のないことは,次表によって明らかである。しかも,小豆と木材との値動きは,別個であるから,小豆の空売りが,木材の値下りを保険することなどありえないのである。

年分又は年度   本件商品取引の損益  組合の所得

昭和52  41,937,380円  10,785,052円

昭和53 △14,562,600円 △1,446,806円

そのうえ,組合と原告とは別人格であるのに,商品取引に関する限り,両者の独立性を否定することには,全く合理性がない。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  本件請求の原因事実中(一)の事実は,当事者間に争いがない。

二  本件の唯一の争点は,原告が昭和52年分,昭和53年分中に行った別表3の小豆,生糸の先物取引によって生じた利益又は損失を,法上,事業所得金額として計上すべきか,それとも,雑所得として計上すべきかという点にある。

(一)  法27条1項は,「事業所得とは,農業,漁業,製造業,卸売業,小売業,サービス業その他の事業で政令で定めるものから生じる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く)をいう。」と規定し,この規定を受けた法施行令63条は,卸売業及び小売業等具体的な11種の事業を掲げたうえ同条12号に,「前各号に掲げるもののほか,対価を得て継続的に行なう事業」から生じた所得が,事業所得に該当すると定めている。

さて,「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するといえるかどうかは,法27条1項,法施行令63条に規定する具体的業種を参照したうえ,諸般の事情を考慮したうえ,社会通念上,営利を目的として継続的に行なわれる事業と認められるかどうかによってきめられるべきであると解するのが相当である。

そして,右の意味での事業性を認定するについて,事業所の設置,人的物的要素が結合した経済的組織体の存在することは,必ずしも必要ではないし,また,その者の本来の業務,職業としてなされている場合であると,副業としてなされでいる場合であるとを問わない。しかしながら,営利を目的として継続的に行われる事業であると認められるためには,通例,事業所が設置され,人的物的要素が結合した経済的組織体を有し,また,主として本業として営まれるものであるから,他に特別の事情がない限り,事業所や経済的組織体の有無,本業であるかどうかは,事業性を認定するうえで重要な要素となることはいうまでもないし,継続的な営利事業というためには,継続的に相当程度安定した収益が得られる可能性があることが必要であることも,当然のことに属する。

(二)  この現点に立って本件をみると,原告は,副業として商品取引をしており,そのための事業所の設置や経済的組織体のないことを自認している。

そのうえ,原告の商品取引が,継続的に相当程度安定した収益の得られる可能性に乏しいことは,小豆,生糸の先物取引が極めて投機性の強い性格を有していることからして明らかであり,げんに,原告は,昭和48年,昭和51年,昭和53年に多額の損失を出し,僅かに昭和52年だけ利益をあげたにすぎない(成立に争いがない乙第1号証や弁論の全趣旨によって認める)。

(三)  このようにみてくると,原告の商品取引は,法上事業に該当するとすることは,無理である。

ところで,原告は,特別の事情として,組合と原告との一体性を強調しているが,仮に組合が原告の個人事業であるとしても,法人格が異なる以上,法上は,別個のものとして取り扱うべきは,理の当然である。

そのうえ,原告は,その商品取引が,組合の木材業の保険的作用を目的としたものであると主張しているが,原告の商品取引が,そのような保険的作用をしたことの認められる証拠がないばかりか,そうでなかったことが,弁論の全趣旨によって認められるのである。もともと,木材の値動きと,小豆,生糸の相場とは,なんらの関連性がないのであるから,木材の値動きによる損失を,小豆,生糸の先物取引によってカバーできるものではない。原告のこの主張は,こじつけであって,到底採用できるものではない。

(四)  まとめ

原告の商品取引によって生じた利益又は損失は,原告の事業所得の計算上生じたものではなく,雑所得の計算上生じたものといわざるをえない(法35条1項)。そして,雑所得の損失を他の所得と損益通算することは,認められていないのである(法69条1項)。

三  原告の所得の計算について

原告は,昭和52年分中の商品取引の利益を事業所得に計上し,昭和51年分の商品取引に基づく損失を繰越控除しているが,この計算は,法上認められないものを事業所得に計上した点で誤っているし,昭和53年分の計算も,同年分の商品取引の損失を事業所得に計上し,他の所得の金額とを損益通算した点で誤っていることに帰着する。

そうすると,被告がした昭和52年分の処分,昭和53年分の処分は,これらの誤りを更正するものであるから正当であり,これに対応する昭和52年分の賦課処分,昭和53年分の賦課処分も適法である。

四  むすび

原告の本件請求は,失当であるから棄却し,行訴法7条,民訴法89条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古崎慶長 判事 小田耕治 判事補 長久保尚善)

別表1 課税の経緯 (省略)

別表2 原告の所得金額の内訳

1 昭和52年分 (省略)

2 昭和53年分 (省略)

別表3

1 原告の昭和52年分の小豆先物取引の明細 (省略)

2 原告の昭和53年分の小豆及び生糸の先物取引の明細 (省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例